猫のおうち [おはなし]
「あら、あんなところに、家が建つのね」
そのあたりは、小さな川が斜めに流れていて、川のほとりは季節になるときれいな花が咲き乱れるところではありましたが、家を建てるにはちょっと不具合そうでした。
まあ、小さなおうちだったら、いいのかもしれません。
実際、土台はとても小さく、一人暮らしかな?と思うくらいの小さな家になりそうでした。
でも、小さい以外も、そのおうちはちょっと変わってました。
それからなかなか出来上がらなかったんです。
いや、正確にはおうちは少しずつ(ほんとに少しずつ!)できがったのですが、家に必要な玄関に登る階段とか、塀とか、お庭とか、車庫とか、そういうものがなかなか出来上がりません。
それに、お家を建てる大工さんだとか左官屋さんだとか、見たことがありません。
もしかして、お金があまりなくてゆっくりなのかな?とも考えられましたが、そうでもないらしい。
建物ができあがったあと、誰かが越してきたようには見えなかったんですから。
家が建ってしばらく間があってから、塀ができ始めました。
でも、あ、始まったかな?と思うと少し休憩(休憩というのでしょうか?)、ちょっとできたらまた休憩、というふうに、できあがるのに長い時間かかりました。
その間も、左官屋さんの働く姿を見たことはありませんでした。
普通なら、どれくらい出来上がったか、気になって見にくるはずのそこの住人も、まったく見たことがありません。
だから、1年経ったころも、まだ、人の気配のしないおうちでした。
何も進展がありません。
2年が経ったころでしょうか、お家を囲む塀がようやくできあがったのは。
でも、なかなか人が越してきません。
ね?へんなおうちでしょう?
「どうしたものかしらん?どうして誰も越してこないんだろう?」
傍でみていても、気になりますので、こちらもだんだん、誰も住んでいないのをいいことに、通るたび、カーテンの奥に誰ぞの気配がしないか、目を凝らして見るようになりました。
(そう、カーテンなんかは、どっしりと重たいやつが早くから吊ってあったんです!)
ある夜、1つの部屋に明かりがついているのを見つけました。
「あ、やっと誰か越してきた」
しかし、おうちはひっそりとしていました。
まるで、留守中に防犯のために照明だけつけてるように。
だいたい、引っ越ししたら、トラックも来るし、ダンボールの箱やたくさんのゴミも出るだろうし。
新しいお家の庭に飾る花の1つもありません。
ただ明かりがついているだけ。
人が住んでいる気配がしないんです。
もしかして、指名手配の犯人がひっそりと身を隠しているのかも!?
あるいは、おうちの地下に埋蔵金が埋めてあって、夜中にこっそり掘リだしているとか!?
そんなことを考え始めると、もっと気になり始めて、こちらももっと大胆になって、お家の周りをグルっと回ってみたりし始めました。
不思議に思いながらも幾日かが過ぎたある晩方、トントン、と玄関を叩く音がしたような気がしました。
(とても小さな音だったんです、まるでネコのしっぽが戸にあたっているくらいの。)
出てみました。
誰もいません。
でも、戸を閉めると、またしばらくして、トントン。
戸を開けても誰もいない。
閉めると・・・トントン・・・・・
「あたしが出るわ」
ふんふんと音のする方向の匂いを嗅いでいたうちのシロネコが、さっさと玄関に行きました。
(シロネコはうちの中で一番勇気があるネコなんです。)
今度は誰かがいたようでした。
しばらく玄関で話し声がしたあと、シロネコは戻ってきました。
かつぶしの包みを持って。
あのおうちからのものでした。
(実は、あのおうちは、うちのすぐ近所です)
あの家は、キジネコ一家の家で、キジネコ母さんと子供のトラジマ、シロ、シロチャ、ミケが住んでいるそうです。
人間のおうちではなかったんですね。
たしかに、ネコの一家ならあの大きさのおうちで十分です。
人間だけでなく、ネコにとっても、雨露、寒さ暑さをしのげる家は便利ですしね。
それに、草むらでは虫さんやトカゲさんを捕まえることもできるし、小川でお水を飲むこともできるので、生活にも困らなそうです。
ああ、だから、人影もなく、大きな引っ越し荷物も、ゴミもでなかったのね。
やっと合点がいきました。
そうそう、キジネコからの言伝です。
「私達は夜に生活してますので、昼間は眠たいのです。人間と関わるとロクナコトがないので、どうかそっとしておいて下さい。」
私達が時々、興味津々で覗いていたの、きっと中にいて気づいていたんですね。
キジネコの子どもたちは、時々近づく影におびえていたのかもしれません。
それで渋々、うちに挨拶に来たんだけど、やっぱり人間とは関わりたくなかったということでしょうか。
「それぞれのおうちにはそれぞれのジジョーってもんがあるからね」
うちで一番もののわかったチャトラネコが言いました。
もっともだと思いました。
キジネコには今度、「どうも大変失礼しました」と伝えてもらうことにします。